Aruyo

支援はつらいよ

とある講演会のパンフ作りをお手伝い。私がデザインするわけではなくデザインする人にアドバスとか横で操作指導的なものをちまちま。市の補助金と名義後援の記入のところでちょっと気が緩んで色々とお話が出てきた。

久留米市の補助金は助成の条件として「前年の集客を必ず上回る事」というのがあるのだとか。一見まともにも思えるけど永遠の右肩あがり思考というのはいかがなものか。それなら先ず市が人口の右肩上がりを永遠に持続するか、労働人口年齢を常に20-30代をピークに維持するのを確約するかしないと納得いかない人が多いんじゃないかな。

永遠の成長は昭和の神話だよ。

継続は力なりという視点が無いのか何年もやってる事業を立ち往生させるのが狙いなのか。成果に時間のかかる長期的な取り組みだと市の助成をあてにする事業には厳しそうだなぁ、と。

名義後援は一社だけ、読売新聞が名義の条件に「新聞の契約をとってくる」を求めてきてて草が生える。ペーパーとネット購読とそれぞれ具体的な数字が設定されている。バーター的に「ありがとうございます! お金を出すわけにはいかないので紹介としきますね」という感じで支援してらう側が紹介なり契約をとってくるのならと思うけど、福祉や文化的な事業へ後援する条件に業績が上がる要素を要求してくるのは、違う気がする。

新聞社は相当に苦しい状況なのか。

しかし、支援をする側と支援を受ける側どちらももう真正直にはやってなれないね。非営利団体だろうと欲を出して泥臭い営業をするなど「勝ち取る攻めの経営」を実践して回さないと成り立たないんだな、きっと。