Aruyo

ごみの分別は義務教育にして

本日の配送は久しぶりの市役所そばの方もあり、ちょっと思い出しつつの進行。久留米運送の対応範囲が狭くて使い難いのもあってこうなった。八女も含めて配送専門で行けたらねえ、運送屋でも始めちゃうか? 無理だけど。

途中でちょっと雲行きが怪しくなったので空を見つつ。今年もそろそろゲリラ豪雨に警戒しつつの時期になってきた。前方が見えなくて危なくなるほどの雨は何年か前に経験して以来ずっと無い。風で舞う落ち葉が邪魔で危ないのは去年が初めて。さて、これからの夏で今年は何が起きるだろうか。水没だけは避けたいな。

今朝の資源ごみはいつも出している父親が珍しく忘れていたようなので自分で出しておいた。ゴミ袋にまとめるだけしていたけど、そろそろゴミ出しは私が引き取ったほうが良いのかもなあ。あまり「できること」を奪うのは良く無いけれども。

親父殿も母もは元から分別が甘いのよね。プラとPETの区別もだいぶ怪しい。新聞は良いけど雑誌と雑紙の区別は無理そうだ。ダンボールとパッケージの化粧紙の区別は既に絶望的なほど混在されるのでいつも分け直している。金属とガラス以外は全部燃えるゴミにしがちだったので「まとめ」作業を引き取ったのよね。

母に至っては「なんでそんな事になってるの!!」と分別に対して不機嫌な態度しかしない。あなたの孫の将来の地球環境のためよ?と言ったら「知らないわよそんなの!!」と返されたのでコリャ駄目だと相成り。今更になって後期高齢者の凝り固まった分別をどうにかしようとしても無理だろうな。でもそれを良しとしてはいつまで経っても良くならないとも思うけどね。

ゴミの分別って必須生活能力なのだし、義務教育期間は授業で分別能力(=素材判定能力)を高める課程を組み込んでもいいんじゃないかな。中学まで九年も続けていれば流石に知識にはなるでしょう。自治体による違いもあるので実践はともかくだけど、分別眼はそれに関係なく養える。もう、企業も入社にあたっての試験にしてもいいと思う。課題(種別)の理解と解決(分別)のできる能力の把握にはなりそうじゃない?